2021年12月27日

絶滅を選ぶのか

 映画「ジュラシックパーク」に出てきそうな恐竜が突如、国連本部に現れて英語で演説するニュース映像に驚いた人も多かったろう。UNDP(国連開発計画)が「Don’t Choose Extinction(絶滅を選ぶな)」キャンペーンの一環として製作した2分半の短編映画で、イギリス・グラスゴーで10月31日から開催されたCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)を前に世界に向けSNSで流したものだ。
 ティラノザウルスらしき大型恐竜がノシノシと壇上に上がり、太い指でグイとマイクを引き寄せ、鼻息とともに咳払いを一発かましてからこんな演説をはじめる。
 「皆、よく聞いてほしい。これは明らかなことだが、絶滅に向かうということは悪いことだ。しかし君たち人間は、自分自身の手で自らを絶滅させるつもりなのだろうか。それは過去7千万年のあいだに私が聞いた出来事の中で最も馬鹿げたことだ。われわれの絶滅には少なくとも小惑星の直撃があった。では君たちの言い訳は何なんだ?(中略)化石燃料への莫大な公的助成金などは愚かなことだ。絶滅を選んではいけない!手遅れになる前に種を救え!今こそ言い訳をやめて、変わりはじめる時だ」
 演説が終わると人々は立ち上がって拍手喝采となり、最後に「It’s now or never(今やるか、やらないか)」のテロップが流れる。
 実際、COP26というぐらいだから、地球温暖化への危機感から国際会議が最初に開かれて早や26年目ということになる。しかし世界のエネルギー起源の温室効果ガス排出量は1990年の231億トンから、2019年には376億トンとこの30年間に約63%も増えているのだから、絶滅経験者の恐竜があきれてアドバイスしたくなったのも頷ける。
 そのCOP26の最終日、議長国イギリスは成果文書の中にパリ協定で合意した産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑える決意は盛り込んだが、肝心の石炭火力は「段階的廃止」ではなく「段階的削減」と後退。また各国が表明した温室効果ガス排出実質ゼロの期限もたんなる努力目標に過ぎず順守される見込みは薄いうえ、仮に完遂されても1.5℃への抑制はできないことがわかっているのだから、そもそもが自己欺瞞的な仮説と経済成長への妄執で覆われたバブルの中で行われる国際会議なのだ。おまけに会議の往復に4万人もが航空機などを使って膨大な量の二酸化炭素を余計に排出しているジレンマ!
 そんな迂遠な議論に終始する会議を予想しての恐竜の演説だったわけだが、それでも所詮はコンピュータグラフィックスの恐竜、各国の参加者もフムフムと感心しながら観たにちがいない。しかし、小柄なスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリがグラスゴーでCOP26をこうこき下ろした演説からは目を背けた(あるいは見て見ぬふりをした)のではあるまいか。
 「COP26が失敗なのは秘密でもなんでもない。いまの状況をつくり出した同じ方法で危機を解決できないのは明らかだ。その事実を理解しはじめている人は次第に増えている。何が権力者たちを目覚めさせるのかを多くの人々自問している。でも彼ら権力者は気づいている。自分たちが何をしているのかを明確に知っている」「COPはもはや気候変動対策会議ではない。いまや北半球のグリーンウォッシュ(見せかけのだけの環境対策=環境を意味する「グリーン」と偽装や見せかけを意味する「ホワイトウォッシュ」からつくった造語)の祭典だ。2週間続けられるいつものくだらないおざなりの演説のオンパレード。最も影響を受ける地域の最も影響を受ける人々の声は聞かれない。未来世代の声はグリーンウォッシュと、空虚な言葉と約束の中に溺れている」「しかし事実は嘘をつかない。私たちは王様が裸であることを知っている。パリ協定の目標を達成するためには、人間のコントロールを超えて不可逆的なチェーンリアクションが始まるリスクを最小限に抑えなければならない。そのためには、世界がまだ見たことのないような抜本的な温室効果ガス排出量の削減がすぐに必要だ」
 グレタはまた、近年さかんに喧伝される「カーボン・オフセット」についても「シェルとBP、スタンダードチャータード銀行はグラスゴーでカーボン・オフセットの規模を拡大し、汚染者に汚染を続けさせるためのフリーパスを与えようとしている」「オフセットは人権侵害のリスクがあり、すでに弱い立場にあるコミュニティを傷つけてしまう。オフセットはしばしば偽善であり、COP26ではそれが渦巻いている」と鋭く衝く。これは、企業などが削減できない分を植林・再生エネルギー事業などへの投資や他の国・地域で削減された排出量をクレジットという形で購入して埋め合わせできるという仕組みのことで、日本を含めた先進国ではすでに行われており、排出権取引市場も存在する。
 実際に環境保護団体「グローバル・ウィットネス」によると、COP26にどの国よりも代表を多く送り込んだのは化石燃料産業(503人)であり、かれらは石油・ガス産業のロビー活動を請け負った人々で、中でも最大級の103人を送り込んだのはシェル、BPなど石油メジャーの業界団体である国際排出量取引協会(IETA)だったと公表している。表向きはともかく、かれらが参加した本当の目的はいかに供給量を減らさず現状維持させ利益を確保するかなのだ。
 さて、さらに問題はわが日本である。
 岸田首相は意気揚々とCOP26で演説をしたが、残念ながら昨年に続く2年連続の「化石賞」受賞と相成った。これはCAN(気候変動ネットワーク)が地球温暖化対策に後ろ向きな国に贈る不名誉な賞で、脱石炭がCOP26の優先目標なのに首相が石炭火力発電を2030年以降も続ける意思を示したことをその理由とした。「石炭火力のゼロエミッション化を進める」との言説もその非現実性を軽く見抜かれた格好で、日本政府の無責任さと危機意識の無さを白日の下にする結果となった。ちなみにドイツの環境シンクタンク「ジャーマンウオッチ」などの研究チームは11月11日、世界の61の国・地域の中で日本の温暖化対策レベルは中国(37位)より下の45位だったと発表している。
 日本の温室効果ガス排出量は中国、アメリカ、インド、ロシアに次ぐ堂々の世界第5位である。資源のない小国がカネにあかせて化石燃料を海外から大量に買い漁り、それをせっせと燃やしてこれだけ地球環境を劣化させているのだ。しかし政府も企業も温暖化対策に後ろ向きで、せいぜいがスーパーのレジ袋やプラスチック・ストローをやめるとか、遊び半分のSDGsキャンペーンなどのママゴトレベル。そんな状況を日本人自身が大して問題とも思ってないことは、先の衆議院選挙でまったく争点にならなかったことでもわかる。また政府は温室効果ガス排出量を2030年度までに13年度比で46%削減すると大見得を切ったが、これは当時の “ポエム”小泉進次郎環境大臣がTVインタビューでのたまわった「おぼろげながら頭に浮かんできた」数字をそのまま出したまでで、誰も達成できるなんて思っていない。日本はまさに「化石賞」に相応しい、世界に冠たる恥ずべきグリーンウォッシュ大国なのである。
 ところで、COP26を糾弾するグレタの姿を見ながら、わたしはもうひとりの女性のことを思いおこしていた。『沈黙の春(Silent Spring)』の著者、レイチェル・カーソンだ。
 1907年にアメリカの工業都市ピッツバーグ近郊の篤農家の娘として生まれたレイチェルは長じて生物学者となり、文筆家としても名を馳せるようになる。そんな彼女のもとに1958年、友人から一通の手紙が届く。役所が殺虫剤DDTを空中散布した後に、彼女の庭にやってきたコマツグミが次々と死んでしまった、という内容だった。レイチェルはこの手紙をきっかけに4年に及ぶ歳月をかけ、のちに「歴史を変えることができた数少ない本の1冊」と称されることになる名著『沈黙の春』を著す。途中でがんに冒され余命いくばくもない中、膨大な資料に埋もれつつ執念で書き上げたものだった。
 同書はたちまちベストセラーとなったが保守系政治家や化学企業関係者からの心ない批判にも晒され、出版の2年後に彼女は亡くなる。この一冊はしかし人々に環境問題への意識を芽生えさせ、世界中で農薬使用を制限する法律制定を促してゆく。一女性科学者がたったひとりで巨大権力に立ち向かい、社会をおおきく変えたのだ。
 グレタも、最初は15歳の時のたったひとりの座り込みストライキだった。それがいまでは世界の若者たちを糾合し、いっこうに本気にならない地球温暖化の元凶である先進国やその指導者、企業トップらに圧力をかけ続ける。若者らを突き動かしているのは、自分たちの未来をお前らに潰されてたまるか、という至極まっとうな怒りなのだ。
 それにしても、『沈黙の春』からグレタに至るわずか50〜60年の間の地球環境劣化のスケールとスピードの凄まじさはどうだろう。科学がそう遠くない将来の人類絶滅をも予測するほどになったということは、わずか18歳のグレタの使命がレイチェルのそれをはるかに凌ぐ緊急性と重要性を帯びたことになろう。
 地球はおそらく全宇宙でたったひとつ、奇跡的なバランスによって生物が生息するに至った天体だ。しかしひとたび温暖化のチェーンリアクション(連鎖反応)がはじまればそのバランスが崩れ、もはや人間の手には負えなくなる。われわれの責任はとてつもなく重い。

 Text by Shuhei Matsuoka
 単行本『風聞異説』http://www.k-cricket.com/new_publication.html
posted by ノブレスオブリージュ at 09:08| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする