2024年06月26日

「地方消滅」の怪

 今年4月、またぞろ怪しげなリストがメディアを賑わせ、世の不安を煽っている。いわく、「地方自治体の4割が消滅する」―。わが高知県に至っては、2050年には県内34市町村のうち7割強に当たる25市町村が消滅の危機にあるというのだから只事ではない。
 ちょうど10年前の2014年5月に増田寛也(当時は慶応大大学院客員教授、元総務相・岩手県知事)を座長とする「日本創生会議」という民間組織が、2040年までに896の市町村が消滅する可能性が高いとするレポート(通称「増田レポート」)を雑誌『中央公論』に掲載、さらに同年8月には『地方消滅』(増田寛也編著、中公新書)を発刊して「地方消滅」が流行語大賞候補になるほどのセンセーションを巻き起こしたことだった。
 この発表からちょうど10年経過したことを機に「人口戦略会議」という日本創生会議(2016年より休眠)の後身に当たる民間組織が人口動態を再調査し、お節介にも最新の消滅可能性自治体リストを公表したというわけだ。ちなみにこの新組織の議長に日本製鉄名誉会長の三村明夫、副議長に増田寛也(現日本郵政社長)が就いているが、実質的トップが増田であるのはいうまでもない。
 今回の要旨は、消滅可能性自治体の数は10年前より若干減ったが依然として全国のおよそ4割に当たる744自治体が2050年には消滅している可能性が高いというもの。前回同様に子供を産むことのできる若年女性(20歳〜39歳)の人口動態のみを根拠に全国自治体の30年後(2020年〜2050年)を予測、減少率50%以上が予想される自治体を単純に「消滅可能性自治体」としたに過ぎず、地域に根差した行政・住民らの取り組みや自治体ごとの事情などはまったく考慮されていない。そして前回同様、“消滅”という衝撃的な言葉で世間の耳目をひきつけ、人口急減の自治体はもはや救えないという印象を与える効果を狙ったものと思われる。
 このリスト公表に対し全国町村会の吉田隆行会長はつよく憤り、「全国の自治体が人口減少への対応や独自の地域づくりに懸命に取り組んでいるなかで、20歳から39歳の女性人口の半減という一面的な指標をもって線引きし、消滅可能性があるとしてリストを公表することは、これまでの地域の努力や取り組みに水を差すものだ」とすぐさま反論、島根県の丸山達也知事も「違和感がある」として人口減少問題は自治体ではなく国の問題だ、と断じている。当然の批判だろうし、怪しげなデマゴーグの跋扈(ばっこ)が「この国のかたち」を歪(いびつ)なものにしかねず、わたしなどは不快感と怒りすらおぼえる。
 このリストによると、もっとも人口減少が著しい東北地方では215自治体のうち165(約77%)、北海道がこれに続き179自治体のうち117(約65%)が消滅の可能性大とされる。都道府県別ではわが高知県もかなり深刻で、人口減少率では秋田、青森、岩手に次ぐ全国第4位、県人口は2050年には45万人程度になると推定されている。さらに子供を産める若年女性に限っていえば2050年には43.7%も減少、室戸市(80.2%減少)を筆頭に大豊町、大月町、東洋町、土佐清水市と70%以上減少する自治体が続き、県全体でも冒頭で述べたごとく7割以上の市町村が消滅の危機にあるという。もしこれが現実になれば、4半世紀後には高知県そのものが行政機関として機能不全に陥っているはずだ。
 ここで問題となるのは、このようなリストがひとり歩きしてしまうと、消滅するとされた自治体首長、行政職員、住民も「こりゃ無理だ」とヤル気を無くし、若者流出に拍車がかかる可能性があることだ。また地方自治体はどこも大都市からのUターンや移住者誘致に懸命だが、将来消滅すると名指しされた町や村に誰が住みたいと思うだろうか。つまり、このようなリストの公表自体が、地方消滅をさらに加速させる懸念すらあるのだ。
 ではいったいなぜこの人口戦略会議という組織はことさらに、そして執拗に地方自治体の消滅を煽るのか。そのヒントは、この組織のリーダーである増田寛也が10年前に上梓した『地方消滅』の中にある。
 この本の序章で増田は、政府は2003年に「少子化社会対策基本法」を制定し、内閣府に「少子化社会対策会議」を設置して取り組んできたが、残念ながら有効な対策が打ち出せないのが実情だとし、政治、行政、住民が事実をきちんと認識することが必要との問題意識から公表したという。
 なるほどと思わせるが、内容をよく読むと、極度にひっ迫する国家財政を考えれば人口減少で壊死(えし)する地方自治体は救えないから、「選択と集中」の考え方を徹底し、地方中核都市に資源や政策を集中的に投入してその中核都市を「人口のダム」として東京への人口流出を食い止めるというプランが強調されており、ここにかれらの狙いがあるようだ。
 「人口のダム」とは建設省出身の増田らしい命名だが、旧態依然とした経済効率最優先かつ“上から目線”の発想で、地域に暮らす人びとの生活や歴史や風土などは一切無視される。人口減少をある程度で食い止めて日本の競争力を維持するためには、脆弱な地方自治体の切り捨てもやむなし、という底意が透けて見える。
 この「増田レポート」の欺瞞性に真っ先に警鐘を鳴らしたのが社会学者・山下祐介(現東京都立大教授)だった。かれはすぐさま『地方消滅の罠』(ちくま新書)を著して反論している。帯には<衝撃の「増田レポート」 地方を消滅へと導こうとしているのは、あなたたちではないのか?その虚妄を暴く!>とあり、地方の実態を知悉する筆者の舌鋒はするどい。この本の内容を紹介するには紙幅が許さぬが、山下の「優しい顔の裏には悪魔が潜んでいる。増田レポートにはどうもその気配がある」との一文にわたしは膝を拍(う)ったものだ。華やかな経歴を持つ増田の穏やかなしゃべり口や文章は一見論理的で万人受けしそうだが、取り返しのつかぬ道へ日本を誘い込みかねない胡散(うさん)臭さは拭えない。
 たとえば、都市と地方の格差是正を目的に2008年から「ふるさと納税」がはじまったが、このときの総務大臣が増田だった。大都市から地方に納税寄付金が集まり地場産品の育成にもつながるという触れ込みで行政機関を市場経済の只中に放り込んでしまった結果、自治体間競争の激化を招き、高知県では奈半利町の担当職員2名が受託収賄罪で逮捕されるなど全国で問題が多発する。さらに今後「選択と集中」を徹底させれば全国で自治体の壊死が加速し、のみならず中核都市間で住民の取り合い競争が激化することになろう。その弊害は、「ふるさと納税」の比ではあるまい。
 さてここで少し話は外(そ)れる。
 わたしは今年を最後に年賀状仕舞いをしたが、その理由としてこんなことを書き添えたことだった。
 <…加えて近年の郵便局の体たらくに我慢ならず、年賀はがき代すら勿体ないと思うようになりました。一度など、木曜日の午前中に高知市内への郵便物を出しに行ったところ、着くのは来週火曜日になりますと言われ、二の句が継げませんでした。月曜が振替休日ではあったものの、江戸時代でも江戸〜大坂間を急飛脚なら3日で届けたというのに、車で15分の所へ5日もかかるとはこれ如何に。今秋の郵便料金大幅値上げといい、未だ親方日の丸の緩み切った会社に郵便事業を独占させる弊は目を覆うばかりです。>
 「地方消滅」の仕掛け人である増田寛也は2020年1月から日本郵政社長の座にある。同社は2007年に民営化されて以降トラブル続きで次々と社長が交代、2019年にはかんぽ生命保険の大規模な不正販売事件、顧客からの12億円詐取、切手6億円分着服、6万人超の顧客情報紛失など信じられないような不祥事が次々と発覚して第5代社長の長門正貢が辞任、第6代社長に就いたのが増田だった。
 増田は2006年から郵政民営化に深くかかわり、「増田レポート」発表時は郵政民営化委員会の委員長(2013年〜16年)を務めていた。つまり同社の生みの親なのだが、増田体制になってからも郵便局長による経費詐取、酒気帯び運転、女性盗撮などの不祥事が続発している。国が株式の3分の1を保有し、増田を含め取締役4人(社外取締役を除く)すべてが官僚出身という”親方日の丸”の巨大組織の、これが実態なのだ。
 明治の初めに旧幕臣の前島密(ひそか)が立案し、「全国低額均一料金で、信書不達の地がないこと」を目標に苦労のすえ築き上げた近代郵便制度だが、いまや前島の高邁な志も社会的信頼も失われつつある。さらには今後、増田らの掲げる「選択と集中」により郵便局の統廃合を進め、採算性を理由に人口減の著しい自治体を公然と切り捨てるかもしれない。そのための地ならしとして「地方消滅」を煽っているのだとしたら、社会的共通資本ともいえる公共性のきわめて高い郵政事業を運営する資格なぞ、この人物にあるわけがない。(敬称略)

 Text by Shuhei Matsuoka
 単行本『風聞異説』http://www.k-cricket.com/new_publication.html
posted by ノブレスオブリージュ at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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