日本の工芸品、デザイン、ライフスタイル、工業製品などさまざまな分野のアイテムを取り上げてその魅力を日本在住の若い外国人たちが英語でディスカッションする番組で、われわれ日本人には当たり前で特に気にも留めていないようなものに外国人が驚きとかっこよさ(cool)を感じるというカルチャーギャップが番組の魅力となっている。2006年4月の放送開始からすでに12年以上続き、いまでは世界150ヵ国の国と地域で放送されているというから堂々たる人気番組である。
“クールジャパン”という言葉が流行語になって久しいが、これは19世紀中葉から末期にかけて欧州を席巻した“ジャポニズム”(浮世絵や陶磁器などの美術工芸品を中心にした一大日本ブーム)の再来ともいえ、開国した極東の小国・日本が世界に発見されたと同様に、インターネットの急速な拡がりによって世界が現代日本の真の姿を発見しつつある現象といえるだろう。
考えてもみてほしい。戦後の日本といえばフジヤマ、ゲイシャで、高度成長期以降はテレビや車の一大輸出国となってエコノミックアニマルなどと称されたが、日本は長いあいだその程度の理解しかされていなかった。その後、SONYのウォークマンやアニメ、漫画などのポップカルチャーで知られるようになったものの、ごく最近まで世界は、たとえば本当の「和食」がどのようなものかすら知らなかったのだ。
しかしその一方で、こういったステレオタイプ化された日本観をうち崩して、あたらしい日本の姿をこつこつと世界に浸透させている例も少なくない。
そのひとつが「無印良品」だ。
「無印良品(MUJI)」は、西武百貨店を中核とするセゾングループの総帥・堤清二(作家・辻井喬)とデザイナーの田中一光の発案から1980年に西友のプライベートブランドとして誕生、“no brand goods”の直訳で命名された。最初はわずか40品目で出発したが、バブル崩壊の年となった1990年には(株)良品計画として独立させ、現在では衣料品、家具、家庭用品、家電、食品など約7000品目もの商品を製造販売、店舗数は国内が454店舗で、海外は26ヵ国に474店舗とすでに国内を上回っているのである。いまやMUJIは、SONYやTOYOTAのような日本を代表するブランドとして海外で知られる存在になっているのだ。
そもそもなぜMUJIは世界のひとびとに受け容れられたのか。
開発コンセプトについて堤は、「消費者が主人公で、自分の好きなように生活空間を整えるというのが大前提にあった」として、こう述べている。
「あの商品群のデザインの仕方も、江戸の長屋の暮らし方が発想のなかにあります。昔、人々は自然と一緒に呼吸することで主人公になっていた。蒸してくれば障子を開けて、そよ風を入れた。…(中略)…ところがいまの都市生活では、高層ビルの住まいに風鈴をかけても、ビル風に煽(あお)られたりクーラーで閉め切ったり。そよ風が吹いてきてチリチリンと鳴る情緒を得られませんから。都市生活者は自分の生活空間をなるべく淡彩、彩りをなくして、そこで自分の心のなかに彩りをもって生活空間を賑(にぎ)やかにする。そういうふうにしないと、生活のなかの主人公になった満足感を味わえない。かつて自然と一緒に呼吸していた日本人の感覚が時代とともに変化して、生まれ変わったという感じが『無印良品』にはあると、僕は思っているのです」(『うるわしき戦後日本』PHP新書)
江戸期から現代に至る日本文化の淵源は室町時代の東山文化にもとめられる。MUJIはまさに自然なかたちでその東山文化の流れをくむ製品群として発案され、それゆえ日本人にとっては内なる琴線に触れるような快適感があり、外国人には京都東山の銀閣寺に代表される、華美を排した控えめな意匠の日本美をオーガニックで淡彩でシンプルな製品群が具備していると感ずるのだろう。
ついでにいえば、「無印良品」が1980年に生まれたことはじつに示唆的だ。
この年、日本の車生産台数が1千万台を突破し、アメリカを抜いて世界一になった。海外への輸出台数が国内販売台数を初めて上回ったのもこの年だ。洪水のごとき日本製品の輸出ラッシュがまさにピークに達しつつあったころで、当然の如く日本脅威論が澎湃(ほうはい)としておこり、85年には対日貿易赤字に苦しむアメリカの発意で急激な「円高ドル安」誘導が行われる(プラザ合意)。このころ堤たちは、受け容れられる確証もないままノンブランドの生活雑貨を開発して細々と売りはじめていたわけだ。
じつは堤はエルメス、アルマーニ、イブ・サンローランといった欧州の高級ブランドを最初に日本に輸入し成功を収めたパイオニアとして知られる。だがかれの中で次第に、どこか満足しきれない気分が横溢しはじめ、消費者自らが主人公になれる日本的な製品とあたらしいライフスタイルを開発・提案してみたいと思うようになる。
そしてついにバブルが崩壊。エコロジーが世の関心事になりはじめたことも相まって、長い不況期のはじまりと軌を一にするようにMUJIは成長してゆくのである。過剰で放埓(ほうらつ)で浪費の日本が崩壊し、熱狂から醒(さ)めて少しは落ち着きを取り戻しつつあった日本人と柔らかに並走してきた結果でもあろう。そしてもともとは日本の都市生活者をターゲットとしたデザインと商品群が、背後に日本文化を感じさせるクールな(かっこいい)存在として次第に世界にも受け容れられるようになったのだ。
このMUJIの成功がおしえるのは、一過性に陥りがちなブームに頼るのではなく、地道にビジネスコンセプトを練りあげてひとびとの賛同を得てゆく手法の真っ当さである。そして“クールジャパン”とは、そのような試行錯誤の結果として生まれる日本らしい商品やデザインを外国人が評価してくれる現象を指すもので、日本人自身が図々しくも「かっこいい日本」などと看板に掲げるべきでないのは云うまでもないことだ。
ところがあろうことか、これを日本政府が大々的に看板に掲げて「日本を世界に売り込め!」とやりだしたから話がややこしくなった。
“クールジャパン”という言葉が世に拡がりはじめる発端は、2003年にダグラス・マッグレイというアメリカ人ジャーナリストが『中央公論』に発表した「Japan’s Gross National Cool」という論文とされる。ジャパン・ソサエティーの助成を受けて3ヵ月間東京に滞在して書いたもので、ポケモンやハローキティーを挙げ、「今の日本は、経済大国だった1980年代よりも、はるかに大きい文化的勢力を持っている」と褒(ほ)めちぎったことで、「失われた20年」の只中にあり自信を喪いかけていた日本政府が飛びついたのだ。
2010年に経済産業省内に「クールジャパン室」が開設されたのを嚆矢(こうし)とし、その後は安倍首相の肝入りで各省庁が競って予算組み(という“ばら撒き”)をはじめる。ところが予想通りというべきか、いずれのプロジェクトもほとんど成果は出ていない。その代表例が2013年に鳴り物入りで設立された(株)海外需要開拓支援機構(通称「クールジャパン機構」)という官民ファンド(出資金約700億円の8割超は財政投融資)で、昨年11月6日の日経新聞は「クールジャパン過半未達」「戦略なき膨張、規律欠く官民」と野放図な実態を明らかにし、投資先である「トーキョーオタクモード(ポップカルチャー発信)」「アニメコンソーシアムジャパン(アニメ海外配信)」「ワクワク・ジャパン(日本のテレビ番組輸出)」などのほとんどが赤字続きと報じた。今年に入ってからも“官製クールジャパン”批判はあとを絶たない状況だ。
さらに危惧されるのは、これらがたんなる税金の無駄使いで済まぬこと。政府が頭を突っ込んでかき回したことで、宮崎アニメやMUJIに代表されるような、また日本酒、日本茶、工芸品、和食といった世界に類をみない日本らしい優れた商品をこつこつと拡げ、海外で評価を得てきたひとびとや企業の努力をも無に帰してしまいかねないことだ。堤は「無印良品」について「これはメーカーやブランドを取り去った、体制批判商品なんだ」と言っていたようだが、体制そのものが頭を突っ込む姿に天国のかれも呆れかえっていることだろう。
政官によってボロ雑巾のように使い尽くされてしまった“クールジャパン”。おかげでこの言葉もまもなく死語になろうが、せめてNHKの番組は長く続けてもらいたいと希うばかりである。
Text by Shuhei Matsuoka
単行本『風聞異説』http://www.k-cricket.com/new_publication.html
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